ロボットにも得意・不得意
ロボットとの補完・共存関係が築かれるはず
ロボットに仕事などをさせて、自分は楽をするという考え方は発想としてかなり貧困で、レベルが低いと思います。
パソコンが良い例で、現状を楽にするのではなく、インターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトなど、いままで誰も想像しなかったことが可能になりました。これらと同じように、ロボットが生活の中に入ってくると、私たちの生活に劇的な変化が訪れるはずです。
私の想像ですが、人間と同じようにロボットにも得意、不得意があって、人間がロボットを手助けするシーンも出てきます。互いに足りない部分を補完し、共存する関係が築かれ、それが当たり前になるはずです。
ほおずりしたくなるロボットを
15-20年後には二足歩行タイプも含めて、各家庭にロボットがいることが当たり前になります。10年前になくても困らなかったパソコンや携帯電話がいまや必要不可欠であるように、生活の必須アイテムになるはずです。そうなると、メカっぽいものよりアトム的なロボットの方が受け入れられます。
僕がイメージするのも、一緒に暮らすようなロボット。ガンダムと一緒には住めないですしね。ロボットには血が通っていないけれど、あたかも生命があるように思え、感情移入や精神的なつながりを感じるはずです。機械に話しかける人はいませんが、ロボットなら心を開いてコミュニケーションをとろうとする人もいるでしょう。
クルマ好きの人が愛車にほおずりしたくなるような感覚を、誰もがロボットに持つ可能性があります。生活に溶け込むという、どんな機械にもない新しい可能性を秘めているのです。
「開発者=オタク」ではないのです
ロボット産業を盛り上げるには一般の人を巻き込み、良いイメージを持ってもらうことが大切です。性能だけでなく、イメージ戦略をきちんと立て、マネジメントもしないといけません。しかし、世の研究者は、学術的価値や性能に着目するあまり、ブサイクな外観や動きをするものを作りがちです。
ロボットと一緒に暮らすようになれば、外観への要求は一段と高まります。また、技術進歩のためにはオタクに思われがちなロボット研究者のイメージを変え、誰もがあこがれる職にすることが必要で、そのためには有能な人材の確保も必要となってきます。
私の目標は、「一家に1台のロボットがある」という未来に必要とされる技術、デザインなどを生み出すことです。ロボットと一緒に暮らす時代は、すぐそこまで来ています。











