今回は、無菌室消毒ロボットの実用化に向けた取り組みを紹介します。開発チーム内でのアイデア出しから、ユーザーへのヒアリング、開発コンセプトの構築、技術検証、用途拡大への模索、商品化に向けた課題までを、実際に検討した流れに沿って説明します。みなさんの開発の参考になるよう、各段階で当時、筆者が気づいたことや得た知見なども、反省を含めて随時紹介します。話題がやや発散することをご容赦下さい。
また、今回は2名の重要人物が登場しますので、あらかじめ紹介しておきます。
1人目は、前回も紹介した無菌病室の専門家であり、無菌病室消毒ロボットの発案者です。俳句を趣味にされているので、俳号である「気水さん」と呼ぶことにします。気水さんは現在、研究されている高温水蒸気による殺菌システムに由来します。
2人目は、病院をはじめ半導体クリーンルームや食品・製薬分野などのバイオクリーンルームの清浄度向上を研究する清竹さんです。気水さんから紹介されました。ユニークな発想と行動力でもって興味深い研究をしていることから、顧問契約を結びました。出会ってからすでに17、8年にもなりますが、いまも情報交換をさせてもらっています。
親子ロボも登場したアイデアコンペ:アイデア出し
開発テーマが確定した後の「アイデア出し」は、開発段階で最も楽しいときです。当時、5、6名の開発スタッフがおり、うち入社1年目から3年目までの若手スタッフが1名ずつ在席していました。「彼らに開発の楽しさを味わってもらいたい」「自主的に開発に臨んでほしい」との想いから、アイデアコンペを実施。気水さんの商品イメージをもとに各メンバーからアイデアを提出してもらいました。
それぞれにユニークな内容が提示され、例えば、床を磨くための回転ブラシを移動機構に兼用するものや、大きなゴミを回収した後に消毒を行うもの、15cm程度の子供ロボットが、タンクなどを備える1m程度の親ロボットから出てきて掃除や消毒を行う親子タイプなどが示されました。捨てがたいアイデアばかりでしたが、狭所での小回りが利き、位置決めもしやすいといった理由から、親子ロボットに仮設定しました。さっそく企画書を作成し、ユーザーへのヒアリングを実施するとともに、フィジビリティスタディ(実現可能性の検証)として子供ロボットの試作に着手しました。
| 15cm程度の子供ロボットが、タンクなどを備える1m程度の親ロボットから出てきて掃除や消毒を行う親子タイプなど、アイデアコンペでは捨てがたいアイデアが数多く提示された(イラストには若干遊びを加えて表現しています)。 |
前向きな人を探すことが肝要:ユーザーへのヒアリング
企画立案後、気水さんは多くの無菌病室を保有する大阪市内のとある大病院を紹介してくれました。このような消毒ロボットの必要性は仮説に過ぎず、実際に無菌病室内で日々業務に携わる医師や看護師の意見を聞き、その検証を行うことが求められます。
ここで注意すべきことは、ロボットのような新たなシステムに関するニーズ調査では、思ったほど明確なニーズを得にくいということです。ゆえに、仮説をわかりやすく示すのはもちろん、ユーザー個々人に合わせて説明することが求められます。
このときの相手は大病院のベテラン医師や看護師であり、優秀な方ばかりでしたが、ロボットに興味がある人がいればそうでない人もいますし、想像力豊かな人がいれば現実派の人もいました。それぞれに個性やバックグランドを持っているので、前向きに仮説に向き合ってくれる人に出会うまで、へこたれずに調査し続ける意気込みで臨みました。
幸運にも、巡り逢った先生はとても柔軟で想像力豊かな方でした。後に病院長に就任されましたが、将棋の名手として新聞に紹介されるほど、イメージ力に優れた方でした。きっと気水さんが「この人ならば!」と紹介してくれたのだと思います。
先生からは、ロボットの企画にも無菌病室の消毒向けという用途にも興味を示してもらった一方、「病院の通路などにも応用範囲を広げ、さらに輸出して販売台数を確保し、低価格で販売してみては!」との考えが示されました。また、「こういうところで使えるんじゃないか?」と、病院内の広い通路を案内してもらい、その都度「床のコンセントをはじめ5mm程度の段差をどう乗り越えるか?」・・・などと、このような用途での課題を考えました。当時、国内には本格的な無菌病室は300床程度しかなく、少量生産・高額販売となり、病院側の経費負担が大きくなると見込まれたからです。
打ち合わせの結果、親子タイプを改め、単体で40cm四方ぐらいのロボットを開発することにしました。そして、作業現場を想定した経路計画シミュレーションを行いつつ検討したのが、消毒液タンクを搭載した30cmの移動部後方に幅40cmの消毒液塗布ユニットを接続し、塗布ユニットを左右にスライドして壁の隅々まで消毒を行うという構成です。後に「ロボサニタン」として発表する試作の原型となります。
| 試作機の開発後に発表した自律移動ロボット「ロボサニタン」。病院内での床消毒作業やワックス掛けを行う。500mlの専用タンクに消毒液もしくはワックス液を入れて、部屋の隅々まで消毒をしたりワックス掛けをしたりする。 |
合言葉は「PEACE」:開発コンセプトの構築
開発を具体化する前に、商品イメージをわかりやすく、かつ共有できるよう開発コードを考えました。すなわち、
「(1)Pretty:かわいらしい」(2)Ecological:環境にやさしい」「(3)Autonomous:自律制御」「(4)Compact:小型でベッドの下も作業できる」「(5)Economical:経済的」であり、頭文字をとって「PEACE」としました。
国立大学の学長だった方に説明した際、「日本人が何でわざわざ英語を使うんだ!」と叱責されたこともありましたが、個人的にはかなり気に入っていました。少なくとも、開発スタッフの意思統一には効果があったと思います。
試行錯誤の連続となった移動技術の開発:技術検証
開発スタッフにはソフトウエア、ハードウエア(ここではエレキ)、機械設計、画像処理など各技術分野のエンジニアが揃っていましたが、自律移動ロボットの開発経験は誰にもなく、イチからの開発となりました。手始めにラジコンカーを改造して試作機の開発に取りかかりました。
筆者らは真剣に取り組んでいたのですが、どうも他部署、特に財務部門からはラジコンカーで遊んでいるように見えていたようです。フィジビリティスタディでの試作段階では、非技術系の方には“ガラクタ”と戯れているように見えて不安を与えるきらいがあるようで、この段階はあまり見せない方がよいかもしれませんね。
話題を戻しますが、病院内の通路も作業対象なり、長距離移動が求められることから、直進性の確保も要求仕様にあがりました。壁と一定距離を保つことで走行方向を調整する方式を採用したことから、自社技術であるカメラのオートフォーカス用距離センサ(赤外LEDとフォトダイオードアレイを使用した三角測量タイプ)を壁との距離計測に利用しました。しかしながら、壁が途切れる個所は距離の変化が著しく、計測誤差が大きくなります。ポライド製の超音波センサに切り替えてみましたが、10m以上の長距離が計測できる反面、20cm以下の近距離は計測できませんでした。
そこで、左右に2本ずつ触覚センサを設け、接触方式にて壁との距離を測定することにしました。その距離に合わせて後ろの塗布ユニットを左右に動かして壁すれすれに移動します。このセンサと塗布ユニットの連動制御は昆虫のように動きがおもしろく、大学の先生からは高評価を得ましたが、センサが壁の溝に引っかかって破損しやすく、故障対策には相当苦労させられました。この方式で開発を進めましたが、移動ロボットには突起物のない、“つるん”とした外観の方が適しているようです。
| ロボサニタンの基本構成。おもに自律走行ユニットと作業ユニットから構成され、これが左右にスライドすることで部屋の隅々まで消毒やワックス掛けが行える。 |
また、無菌病室など狭い部屋での障害物回避を容易にするため全方向移動を検討しました。具体的には、円形をした走行部の中心軸の左右に走行車輪を配置し、回転方向および回転速度を独立に制御することでカーブ走行やその場旋回ができるようにし、かつロボット本体が水平回転できるように接続した構造にしました。走行部をその場旋回させながら、走行部に対し本体を同じ速度で逆回転させることで、本体は静止したまま走行車輪の向きが変えられます。走行しながらの全方向移動はできないものの、いったん停止して走行方向を真横に変えることは可能です。
制御については、Rodney Allen Brooks先生の昆虫ロボットや「サブサンプション・アーキテクチャ(SA)」が発表されており、その考え方を取り入れたものとしました。
従来の自律ロボットは、外部環境の認識とモデルの構築、行動計画の作成および選択などを直列的に計算していたのに対し、SAでは反射的な行動を並列計算するのみで、複雑な環境下でうまく立ち回れることが示されました。「衝突防止」「彷徨(ほうこう)」「探索」の3層構造になっており、下位層の機能を効果的に利用(包摂)することが、その名の由来となっているようです[1]。
走行制御において、大きな課題になったのはスリップでした。消毒液には界面活性剤が含まれており、床は非常に滑りやすくなります。いったんスリップしてしまうと、車輪の回転数制御による方向制御が利かなくなってしまいます。スリップを検出して、いったん停止する機能などを考えましたが、それまでに姿勢は崩れてしまうので、あまり意味はありませんでした。結局、スリップしないタイヤ構造を研究することになり、工作技術課からのスタッフを迎えて研究を積み重ねました。気が付けば、開発スタッフは15名にまで増員されていました。
用途拡大とともに課題も山積:用途拡大の模索・商品化
その後、気水さんから新たに開発のキーマンを紹介してもらいました。冒頭で紹介した清竹さんです。清竹さんは『プロジェクトに集まるものは、前世で一緒に仕事をやっていた仲間らしいですね』と言っておられましたが、またも貴重な人と巡り会えたことに対し、この開発の社会的使命を感じたことを記憶しています。清竹さんの人的ネットワークを通じて、私立病院や動物実験施設の無菌室、製薬会社へと応用分野が広がり、各現場で市場調査や作業品質の評価実験に取り組みました。
その後、試作機の完成を経た後、商品化に向けさらなる用途拡大を図りました。想定市場が具体化し、金型製作費にかかる投資回収を行うためには消毒以外での利用も求められたからです。清竹さんの紹介で鉄道会社などを訪問し、新たな用途としてワックス塗布への応用が具体化しました。
ワックス塗布では乾燥後の品質が厳しく問われ、それに適した塗布方法や重ね塗りの方法、半乾きの状態の場所を走行しない経路計画など、新たな課題にチャレンジしました。同時に、ワックスメーカーとの提携に向けた協議も進めましたが、上層部の了解を得るには相当な時間を要しました。技術開発も提携に向けた協議も、一難去ってまた一難という具合に進行していきました。
この間、試作機が完成した段階で、既述の通り「ロボサニタン」として広報発表を行いました。各メディアで取り上げられ、当時、毎日放送(MBS)のニュースで高井美紀アナウンサーが『なんか虫みたいですね~』とコメントされたことを記憶しています。Brooks先生の昆虫ロボットやSAの考えを取り入れたロボットでしたので筆者にとっては本望であり、最大の褒め言葉でした。
短期と長期、両方のビジョンを明確に
ロボットに限らず応用範囲を広げると新たな開発課題が生じるものです。この無菌病室消毒ロボットもそうでした。
まず、無菌病室というほぼ同じ形状の限定空間から、任意形状の通路に対象を広げた段階で、作業領域と作業手順の決定方法や経路計画などの機能が増え、それに伴い、いかに使いやすくするが課題となりました。また同時に、スリップ対策を含めた直進性の確保も課題となりました。次に、ワックス塗布への展開では塗布品質の確保が新たな課題となり、さらにその後、空港やオフィスビルへの一般清掃にも展開していくこととなりました。
開発担当としては、まず当初のターゲットでの商品化を達成し、そのうえで次の展開に発展させたいところです。が、商品化するにはまとまった投資が要求されます。バブル経済の崩壊後だったためそれが難しく、かといって、短期的に収益性確保につながるアウトプットを見出すこともできず、結果、このロボットの開発はずるずると長期化してしまいました。こうなると、開発チームのモチベーションを維持し続けるために苦心惨憺することになります。いまとなっては、大いに反省しているところです。
「次世代ロボット」という長期的な開発テーマでは、初期の企画段階で長期的なビジョンを持つと同時に、短期的にも何らかのアウトプットを出せるように計画しておくことが重要です。企画段階で提示する想定市場規模は可能性で見積もるため、また企画を通そうとするあまり、“前のめりな予測”となります。致し方ないことかもしれませんが、あとあと自分を苦しめることになります。それゆえに、短期的なアウトプットとして何らかの形で上市し、現実的な市場規模を確認しつつ長期ビジョンの軌道修正を図る、という段取りにて進めていくべきだと、筆者の経験を踏まえ伝えておきたいです。
■参考文献
[1]Rodney Allen Brooks(五味隆志訳) , “ブルクスの知能論 ―なぜMITのロボットは前進し続けるのか?” , オーム社 , 2006.
■コラム執筆者
伴 旬作さん(Ban Syunsaku)
大手光学機器メーカーの計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事した後、1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。現在は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。


