医療・福祉分野へのロボット技術の導入を、国の方針に掲げるデンマーク。産総研(知能システム)のセラピーロボット「PARO(パロ)」のデンマーク国内での導入支援、同国を拠点としたEU各国への展開という成功モデルの創出を受け、同分野における同国との連携や協業に関心が高まっている。ここでは、デンマーク大使館 インベストメント・マネージャー 中島健祐氏の講演から、日本とデンマークの両国においてロボット開発で連携できる可能性、および両国が協業する意義を紹介する。なお、本稿は「モノづくり推進会議 地区別研究会 多摩ロボット分科会」での講演をもとにまとめた。
応用分野および要素技術で協業が見込まれる
デンマークでは、オーデンセ市やオーフス市がある南デンマークを中心にロボットの研究開発が取り組まれている。特にオーデンセ市では、日本ロボット工業会(JARA)に相当する「ROBOCLUSTER」という組織を運営し、ここが中心に産学官でロボット技術や各種自動化技術の研究促進を支援している(図1)。また海外企業、特に日本企業との連携に熱心で、幹部クラスは年に数回回来日して日本各地を視察している。マスコミでよく取り上げられるサイバーダイン(筑波大学)やテムザックとの連携は、その成果の一部である。
| 図1 デンマークにおけるロボットクラスターについて(デンマーク大使館 中島氏の講演スライドを撮影・掲載) |
デンマークが保有するロボット技術の強みを示すと、応用技術では「福祉」「医療」「農業」「畜産」「教育」の分野を強みとしており、また、要素技術では「シミュレーション」「ヒューマンインターフェース(IF)」「ネットワーク技術」「ソフトウエア技術」「デザイン力」に強みがある。産業用ロボットの分野では、日本とドイツ、スウェーデンが先行していることもあり、このような日常生活に関連した分野の研究に注力している。
これら各分野におけるロボット開発の一例(図2)を紹介すると、医療・福祉分野では自動採血ロボット「RoBlood」の開発があげられる。病院内での待ち時間の短縮や検査スタッフの負担軽減などを目的に開発されているもので、自動的に腕の静脈を検出して採血を行い、受診までに分析した結果を出力してくれる。市場に出せる段階にまで技術開発が進展していると聞いている。
教育分野では、教育とロボット技術を融合した研究として「Playware」が取り組まれている。子供たちの学習意欲を引き出すことを目的としており、ゲーム感覚で楽しめるようなシステムが開発されている。例えば、デンマーク工科大学のヘンリク・ハウトップ・ルンド博士が取り組む「ロボットタイル」は複数のタイルを組み合わせて使用し、それを踏む人の運動(速度や強度)によって内蔵した照明の点滅の頻度や位置、色が変化し、子供から高齢者までの能力に対応して最適な運動を引き出すことができる。筑波大学の山海研究室と共同で取り組まれている。そのほか教育分野の取り組みとしては、LEGO社の「LEGO Mindstorms NXT 」もあげられる。
農業分野では日本と同様、果実類の摘み取り(収穫)ロボットの開発が活発で、「Apple harvest robot」が研究開発されている。リンゴを自律的に認識・収穫し、品目やサイズに応じて仕分け作業を行うもので、リンゴや樹木を傷つけることなく行える。労働コストの低減につながることが期待されている。そのほか多指ハンドの研究開発も盛んである。
| 図2 デンマークにおけるロボット関連プロジェクト(デンマーク大使館 中島氏の講演スライドを撮影・掲載) |
標準化活動で重要なパートナーになり得る!連携する意義とは
これらの応用技術や要素技術で、日本とデンマークが協業できる可能性があるが、具体的には次のような関係が成り立つと考えられる(図3)。
デンマークからは、高福祉国家として先進的な社会福祉制度が構築されており、その中で求められるロボット技術やノウハウを提供したり、共同開発を推進したりすることができる。また、デンマークでは先端技術を応用する際、ユーザーを巻き込んだ製品開発、すなわち「ユーザードリブン・イノベーション」で取り組まれるが、先進国としてその方法論を提供することができる。特に、人とロボットのインターフェースにおける技術開発で共同研究できる可能性がある。さらに、先に強みとしてあげたソフトウエア開発やネットワーク技術、デザイン力での技術連携も見込まれる。
一方、日本からはロボットの基礎技術に加え、プラットフォーム技術を提供したり共同研究したりできるほか、日本で研究開発したロボットをデンマークに持ち込み、ユーザードリブン・イノベーションによる実証実験を通じてサービスや機能を強化することもできる。
| 図3 考えられる日本企業・研究機関とデンマーク企業・研究機関との協業パターンの一例(デンマーク大使館 中島氏の講演スライドを撮影・掲載) |
特に連携が期待されるのが医療・福祉分野で、デンマーク国内でこれらのロボットを開発できる可能性が高い(図4)。
そもそもデンマークがこれらの分野に注力しているのは、特に公共セクターにおいて、高齢化による労働者不足という深刻な問題を抱えている、からである。デンマークでは公務員が就労人口の約3割を占め、彼らにより医療・福祉サービスが提供されているが、このままでは高度な医療・福祉制度の維持が困難になる。移民政策という手段も考えられるが、EUでは移民の管理が厳しくなされているうえ、その導入は税制システムを含め社会構造の維持を難しくさせる。
したがって、革新的な技術により労働生産性を飛躍的に向上するしか術がなく、選択したのがロボット技術の導入なのである。
この分野では、日本は「世界一」と称されるロボット技術を提供することができ、デンマークではこれらを労働生産性の向上と福祉サービスの高度化に活用することができる。また、日本では「生活支援ロボット実用化プロジェクト」などで生活支援ロボットの開発がなされているが、それが直面する規制や標準化に関する課題を、実際のマーケットを通じて解決することができ、早期の事業化に結び付けることができる。
中でも、標準化においてデンマークは大きく貢献できると思われる。デンマークは国際的な標準化活動に長けており、特に医療・福祉関連の分野で発言権を持っている。この分野で連携できれば、日本が標準化活動の舞台で前面に出なくても、重要な部分をコントロールすることができる。また、日本は要素技術を強みとしており、両国の連携により新たな技術を創出できることも期待される。このように、標準化や技術開発において主導権が握れるという可能性から、デンマークは日本との連携に期待を寄せている。
| 図4 デンマークで医療・福祉関連ロボットの取り組みが推進されている理由と、この分野での日本企業との連携機会(デンマーク大使館 中島氏の講演スライドを撮影・掲載) |
また、両国の連携を通じて様々な展開も見込まれる。例えば、中国は1979年から実施した人口規制政策「一人っ子政策」の影響により、30年後には超高齢化社会を迎えるといわれている。そこで、デンマークの先進的な社会制度のもとで開発した医療・福祉ロボットを中国に提供できるだろうし、日本が高齢者支援に関連する技術領域を押さえることで、中国におけるプレゼンスの向上にもつながると期待される。
このように、日本とデンマーク両国は互いが強みとする部分を補完しあえるばかりではなく、連携する意義が多分にある。
デンマークは技術を取り込む意思はない
このような事情から、最近は大企業からベンチャーまで、多くの日本企業がデンマークに強い関心を持っている。ゆえに今後、日本企業がデンマーク国内で事業展開していくに当たり、連携や協業を推進したり支援したりするためのフレームワークの構築が求められている。その1つのモデルとして考えられるのが図5である。
| 図5 デンマークでロボット事業を展開する場合のモデル案(デンマーク大使館 中島氏の講演スライドを撮影・掲載) |
まず日本国内でR&Dから基本設計、試作機の開発までを行う。次に、開発した試作機をデンマークに持ち込み、共同でのR&D活動やユーザードリブン・イノベーションによる実証実験や試作機の調整、市場への早期導入を行う。日本と違い、デンマークは縦割り行政ではないため、許認可の申請および許可がしやすく、これらを比較的容易に進められる。
特に医療・福祉分野では、デンマークは技術に加え、安全をはじめとする各種規制でも先進国であるため、比較的容易なプロセスで世界展開が行える。
例えば、産業技術総合研究所(知能システム)のセラピーロボット「PARO(パロ)」は認知症患者の治療に役立ち、介護福祉サービスにおける省力化、社会コストの低減につながることが認められた。2008年にデンマークの医療・福祉施設に100体が導入され、デンマークを中核にオランダやノルウェー、ドイツ、スペインへと各国への展開を果たしている。この成功モデルに見られるように、デンマークは医療・福祉分野のロボットの普及において“欧州のゲートウェイ”として機能することができる。
ただし、いくら大手企業といえでも、単独で共同開発や実証実験に取り組むのは困難である。CEマーキングの取得やDMA(The Danish Madicines Agency:保健予防省 薬品局)との交渉や臨床試験を実施する際は、文書化したうえでの契約が要求され、デンマーク語に翻訳する作業などが発生する。このような作業を支援したり仲介したりする事業会社があればスムーズに連携や協業が進められるわけで、そこで機能するのが、図に示した、これらの作業を支援したり仲介したりする事業会社である。日本企業の有志が集まって組織化するのでもよいし、デンマーク企業が請け負ってもよいだろう。
サイバーダインやテムザックとの連携や協業では、オーデンセ市とファボー・ミッドフェン市側がABTファンド(介護労働負担軽減プロジェクトのための基金)の利用申請にかかる文書化などの業務を請負っている。1社や2社の支援であれば市のスタッフで支援できるが、今後のさらなる連携や協業の拡大を見据えると、このような事業会社が求められよう。
最後に、このようなデンマークの投資誘致政策に対し、「デンマークは最終的には技術を取り込むつもりなのでは・・・?」という声がよく聞かれるが、それは誤解であることを伝えておきたい。
高齢化社会を見据え、医療・福祉サービスの生産性および品質の向上のためにロボット技術を使いたいという思いを持って活動しているだけである。技術の獲得には強いこだわりを持っていない。例えば、米Google社や米IBM社がデンマークに研究拠点を置き、実証実験などに取り組んでいるが、知的財産はすべて開発企業に帰属している。
デンマークでは、ライフサイエンスやバイオテクノロジー、ICTの分野で戦略的な投資誘致活動により世界中から先端企業や先端技術を誘致している(*)。各企業はデンマーク国内で緩やかな連携の中で、ユーザードリブン・イノベーションによる開発や実証実験などを通じて自国では困難だった技術開発に取り組んでいる。開発成果はデンマークで利活用されるが、自国に持ち帰り、自国の技術と融合することで世界展開を果たしている。お互いにWin-Winで発展できるようなモデルを構築している。米国の大学の研究者によると、このような「エコ・システム」を確立できたことにデンマークの成長の要因があるといわれているが、ロボットにおける技術開発でも、同様のモデルにて日本と共存共栄していくことを目指している。
日本企業にとっては、ユーザードリブン・イノベーションをはじめデンマークの開発ノウハウやアプローチを学ぶことができ、同国との連携・協業を通じて得るものは大きいと考える。
*:デンマークは福岡県と同等の人口規模であり、九州とほぼ同じという国土面積、ほぼ単一民族、先進的な教育システム、IT先進国といった好条件から、多くの企業がテストマーケットとして選択するようになっている。
■関連サイト
2010.06.29 テムザック、デンマークでロボリアを高齢者介護に向け活用へ、具体的な内容は交渉中
http://robonable.typepad.jp/news/2010/06/29tumsk.html#tp
2010.04.04 次世代ロボの普及には社会コストの低減を意識した取り組みが必須、内閣府の柴田氏
http://robonable.typepad.jp/news/2010/04/02paro.html#tp
2010.02.01 大阪市、デンマークと医療・介護分野で連携へ、ロボット関連技術の売り込みを図る
http://robonable.typepad.jp/news/2010/02/01osaka.html#tp
2009.10.23 筑波大、デンマーク工科大学と連携、HALを使った楽しみながらのリハビリ提案
http://robonable.typepad.jp/news/2009/10/20091023-hal-80.html#tp
2009.10.20 サイバーダイン、北欧に新たに現地法人設立、米国での事業展開を視野に調査を開始
http://robonable.typepad.jp/news/2009/10/20091020-d366.html#tp
2008.11.21 産総研とデンマーク技術研、パロの販売と研究開発で提携
http://robonable.typepad.jp/news/2008/11/20081121-7cb6.html
2008.07.02 サイバーダイン、デンマークでロボットスーツの実証開始
http://robonable.typepad.jp/news/2008/07/20080702-9807.html
記者ルポ
国内出荷と輸出の差が鮮明になった産ロボ市場、介護福祉ロボは北欧の方が導入しやすい?
― 産ロボ市場と介護福祉ロボの最新動向を探る
http://robonable.typepad.jp/report/2010/06/post-100621.html#tp


