近年、市場の成熟化に伴い、製品およびサービスのカスタマイズ化が進んでいる。単にカスタマイズするだけではなく個々人に合わせたトータル価値の提供が求められており、それに伴い、顧客とともに顧客価値を共創することの重要性が叫ばれつつある。
以前は、製品を販売した後やサービスを提供した後に企業が顧客調査をしなければ、使い心地をはじめ顧客の要求を把握することができなかった。しかし最近は、BlogやSNSなどの発展により、ある強い興味を持った、あるいは専門性を持った顧客同士がWebサイト上にコミュニティを形成して自分の意見を述べるようになっている。顧客の興味や要望を理解しやすい時代になりつつある。開発企業の中には、これらのサイトをウォッチしたり、コミュニティを支援したりすることで開発のヒントを得る例が見られる。広く捉えれば顧客価値の共創がなされているといえる。
しかし本来は、顧客が製品を使って、あるいはサービスを受けて、どのような体験をしているのか、また、どのような感情を抱いているのかをつぶさに把握し、それに応じて提案するのが理想的である。C・Kプラハラードは著書「価値共創の未来へ」[1]で価値共創が重視される時代の到来を予見し、それを可能にする技術基盤を有する企業が優位になることを主張した。そして、近著「新時代のイノベーション」[2]では、これを有する企業が業界内で飛躍的にプレゼンスを高めたことを紹介し、自身の考えが実証されたことに触れている。そして、これらの事例を通じて、RT(Robot Technology)の1つであるセンサ技術が重要な役割を果たすことが認識され始めている。
かたや、数多くのRTを輩出してきたロボット産業は、設備投資が抑制され、かつ雇用危機にある中で、旧来の「自動化」「省力化」という価値提供をしにくい状況にある。新たな価値提供が求められている。
そこで本稿では、顧客価値の共創にセンサシステムを積極活用することでカスタマーロイヤリティの向上につなげた例を紹介する。これを踏まえ、価値共創に寄与するフロントステージの支援にRTの役割を埋め込むことに、今後のRTの発展の可能性があることを考察する。本稿で取り上げるコマツの「KOMTRAX」と森精機製作所の「MORI-NET」は、ともにセンサ技術を活用することで顧客状況の把握に成功している。いち早く展開することにより、業界内でのプレゼンスの向上につなげている。
潤沢なセンサを介して顧客状況を把握
KOMTRAXとは、世界中の建設機械の稼働状況などを遠隔監視するシステムである。建機内部のエンジンや油圧コントローラ、各種センサからの情報を、GPSの位置情報とともに衛星通信回線または携帯電話回線などを介して受信する。稼働時間や車両位置、エラー情報、稼働履歴、作業時間、燃費消費量、使われ方(作業負荷)、燃料残量やラジエータ水温などを把握することができる。コマツではこれらの情報を加工することで、保守費や燃料費、オペレータ工賃の圧縮など顧客コストの低減や、メンテナンスおよび故障修理時間の短縮につながる生産量(作業量)のアップに向けた提案に役立てている。
| 図1 コマツの「KOMTRAX」のシステム概要 GPSにより車両の位置情報をキャッチし、車内に搭載したエンジンおよびポンプコントローラなどの情報を各種センサ情報などととともに、衛星あるいは携帯電話などの通信回線網を介してデータサーバに蓄積。Webサプリケーションにより情報を解析して、サービス代理店や顧客が活用する。 |
建設機械におけるライフサイクル(購入から下取り売却まで)では保守や燃料費、オペレータ工賃をはじめとする運用コストがかかる。車両価格の3倍近くに上るともいわれる。顧客にとっては、いかに低い運用コストで高い生産量を創出し、かつ車両の残存価値を高めるかが最重要課題であり、KOMTRAXにより上述のような提案で応えることを可能にしている。それぞれの顧客に応じた提案を可能にしており、顧客価値の共創がなされているといえる。
一方、MORI-NETは、無線通信網(国内)とインターネット(海外)を利用して顧客の工作機械を遠隔監視するシステムである。顧客の工作機械(CNC装置)から稼働実績を森精機のサービスセンターに送信、蓄積することで、稼働情報を定期的に提供したり、アラーム発生時には顧客の携帯電話などにメールで通知したりするサービスに役立てている。工作機械が搭載する各種アクチュエータの位置情報まで把握することができ、それもとに1日単位や週単位などでの加工実績や稼働状況の変化を算出することで、それぞれの顧客に対し、生産性向上に向けた提案に役立てている。KOMTRAXと同様、顧客価値の共創がなされている。
| 図2 MORI-NET(Global Edition)のシステム概要。KDDIの無線通信網(国内)とインターネット(海外)を利用して顧客の工作機械を遠隔監視する。「遠隔保守サービス」と「稼働情報サービス」を提供する。 |
なお両社とも、これらのシステムから得た情報を、生産量や在庫調整をはじめとする経営判断や製品開発にも役立てている。例えば建設業界は、2004年に中国政府が実施した金融引締め策により需要が急激に落ち込み、大量の在庫を抱えたが、コマツではKOMTRAXで得た稼働情報から事前に生産停止を判断することで、これを回避している。
認識技術を顧客状況の把握に生かす
これらの例でいえるのは、顧客の(すぐ側にある)機械を介して利用状況(=顧客行動)をつぶさに把握し、それぞれの顧客に対してサービス提案を行うことでカスタマーロイヤリティを高めていることである。それを可能にしているのは、いずれもセンサを潤沢に搭載する建設機械と工作機械であり、このような顧客行動の把握にセンサ技術の重要な役割があることを示しているといえる。
一方、これらを輩出してきたロボット産業はRTの究極の形態としてヒューマノイドの開発を目指している。その取り組みは、人間が持つ基本機能(眼や耳などの感覚や情報処理や運動など)を自動機械に置き換えようとする試みであり、センサなど状況認識に役立つ技術を、このような役割に埋め込むは技術的に見ても違和感はないといえる。
ロボット業界では、こうした方向性を意識した明確な取り組みは見られないが、その兆しはある。その一例として、総合科学技術会議「次世代ロボット共通プラットフォーム」の研究成果である「関西環境プラットフォーム」が挙げられる。
次世代ロボット共通プラットフォームとは、ITやユビキタスコンピューティング、ネットワーク通信技術、各種センサ技術と連携し、ロボットがサービス提供を行いやすいように環境側を整備する取り組みである。空間や人の行動に関する意味情報を「環境情報」として環境に埋め込む(=構造化する)ことから「環境情報構造化」と表現されている。
大阪市のユニバーサル・ウォークに設置された関西環境プラットフォームはその1つで、6台のレーザレンジファインダー(LRF)、16台のカメラ、9台のRFIDタグリーダが協調・連携することによりRFIDタグを所有する人の位置を観測。3次元位置情報や軌跡情報として保存し、これをもとに人の行動と場所特有の統計・履歴情報を提供する。
| 図3 関西プラットフォームでの人の位置計測例 | |
| (a)UCW環境における人の位置計測例。設置した各種センサの情報を統合して、人の位置計測を行う。 | (b)位置計測し蓄積した多数の人の位置・軌跡情報をもとに個人の行動の意味づけを行う。 |
もともとはロボットがサービス提供を行うための支援技術を想定して開発していたが、人の行動と場所の意味情報を関連づけることで顧客の行動パターンを類推できることから、それをもとにレコメンデーションを行うようなことが模索されている。AIDMAの把握、つまり顧客行動の把握に役立ち、それをサービス要員に提供することでサービス品質および生産性の向上に寄与すると見られている。
RTをフロントステージ支援へ
ロボット業界では、非産業分野に向けたロボットは「サービスロボット」と表現される。顧客と共存し、サービス要員と協働することでサービス提供を行うことを目指しているが、各種要素技術が飛躍的に発展したとしても、ロボットやRTによる質の高いサービス提供は難しい。
例えば、中村[3]は伝統茶道の研究を通じて、わが国特有の「もてなし」サービスでは伝統茶道に見られる、「主客一体」による顧客価値の「共創」がなされていることを指摘している。そして、フロントステージでは顧客の状況に機敏に対応することが、また、バックステージとの連携によりこれを支援することが、それぞれ求められ、特にフロントステージでは、時節に合わせ、かつ客がオープンな気持ちを抱く「よそおい」と、客のTPO(Time Place and Occasion)を判断してインタラクティブに対応できる「ふるまい」が要求されるとしている、としている。
こうしたサービス現場における要求を踏まえると、やはりサービス提供は人が行うことが望ましく、顧客価値の共創を行うフロントステージへの適用は難しい。しかし、それを支援するバックステージに埋め込むことは十分可能であり、KOMTRAXやMORI-NETは顧客の状況を把握、情報提供することで、その役割を果たしている。先に紹介した関西プラットフォームも、その可能性が見出されつつある。
これまでロボットおよびRT開発は、同じバックステージでも肉体労働や単純労働の自動化などの問題解決に集中してきた。が、サービスのカスタマイズ化という時代の流れと、雇用危機の中での自動化・省力化といった提案の限界という事情を踏まえると、顧客価値の共創に寄与するフロントステージの支援に向けるべきといえる。また、KOMTRAXやMORI-NETの実績を見る限り、技術的にもRTがその役割を果たすことは十分可能であると判断される。
本稿では、KOMTARAXとMORI-NETを通じて、センサシステムを搭載する製品が顧客状況の把握し、リアルタイムでの顧客価値の共創に寄与していることを紹介した。顧客状況の把握にこそRTの重要な役割があり、顧客価値を共創するフロントステージにおける要件から、共創を支援するかたちでバックステージに埋め込めることを触れた。これまでのロボットおよびRTが注力してきた肉体労働や単純労働の自動化を目指す取り組みと異なるばかりか、カスタマーロイヤリティの向上に結び付くアプローチといえる。
ただし、このようなアプローチは、ロボット業界ではその一端がまだ見られる程度である。紹介した関西プラットフォームの展開を通じて、このような方向性にロボットおよびRTの発展の可能性があるのかを検証していく。
■参考文献
[1]C・K・プラハラード,M・S・クリシュナン(有賀裕子訳),"イノベーションの新時代" , 日本経済新聞社 , 2009 .
[2]C・K・プラハラード , ベンカト・ラマスワミ(有賀裕子訳),"価値共創の未来へ” , ランダムは薄講談社 , 2004 .
[3]中村孝太郎,"伝統茶道にみる日本型もてなし文化とサービスRTの役割 ―サービスの歴史に学ぶ― ", サービスサイエンスから探るロボットビジネスへのアプローチ , ロボット専門サイト・ロボナブル , 日刊工業新聞社 , 2009.4.



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