4月下旬、大詰めを迎えた米大統領選の民主党候補者選びで予備選に沸いた米ペンシルベニア州。かつての「鉄の都」は工場の海外移転などで主要な鉄鋼産業が衰退し、サブプライム危機による景気の減速が追い打ちをかける。
製造業の空洞化が危惧される中、同州に位置する全米有数の大学は、ベンチャー企業の創業に意欲的だ。重工業からハイテク、サービス産業へと変貌を遂げる同州の取り組みは、わが国に新たな指針を与えてくれる。
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■ペンシルベニア州 ペンシルベニア州は、全米第5の大都市フィラデルフィア、米製造業の巨大拠点として成長したピッツバーグ市を有する。1950年代、同市は鉄鋼業のUSスチールやアルミ業のアルコア、現在は東芝傘下のウエスチングハウスなど大企業の研究拠点を多く構え、米国工業化時代の象徴だった。 鉄鋼業が斜陽産業となった現在、人口減少も重なり、雇用の受け皿は従来型の製造業から、病院や大学、バイオ・製薬関連企業に徐々へと移行してきた。大学や研究所の集積地でもあることから、近年では、大学発ベンチャーが地元経済を活性化する役割として期待されている。 |
ソフトウエア工学・ロボット工学に強いカーネギーメロン大学
カーネギーメロン大学(http://www.cmu.edu/index.shtml)は、ソフトウエア工学やロボット工学に強い全米有数の名門工科大学。一代で鉄鋼財閥を築いたアンドリュー・カーネギーが1900年に設立。いまや世界をリードするIT研究拠点の1つになっている。
大学からスピンオフする企業を支援する体制が整っており、大学で生まれた発明の数に対し、起業の成功例が多い。1990年半ばにインターネットの検索事業を立ち上げたライコスを筆頭に、多くの大学発ベンチャーを育む土壌が根づいている。
GPSを搭載した無人芝刈り機を開発、事業化したセンシブル・マシンズ(http://www.sensiblemachines.com/)は2009年に、その実用化を目指す期待のベンチャーである。センサで軌道修正をしながら高速自動運転で芝を刈り入れる。
創業者でチーフ研究員のサンジブ・シン博士は「米国内のほか、中国などアジアにも売り込む」と意欲を示す。
磁石の効果を利用した触覚インターフェースを研究するラルフ・ホリス教授の研究室では、日本人留学生が活躍している。「年内に商用化する」(碓井渓研究員)というシステムは、例えば、手術のシミュレーションを映像を見ながらロボットで操作することを可能としており、遠隔医療などに道を開きそうだ。
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| センサで軌道修正をしながら高速自動運転で刈り入れ作業を行う無人芝刈り機。 |
触覚インターフェースの原理を説明するホリス教授。 |
また、同大学で特徴的なのが産学連携のイノベーションセンターの設置である。学内に設けたインテルやアップル、グーグルなど企業の研究所には、卒業生でもある現代アートの巨匠、アンディ・ウォーホルの作品を思わせるポップで自由な空間が広がる。インテルはここで、大学と共同で家事支援ロボットなどの開発を進めている。
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インテルと共同開発したマグカップを持ち上げる家事ロボット。 |
同大学は日本との関わりも深いこともで知られる。アジアにIT研究網を広げるため、2005年には神戸市にカーネギーメロン大学大学院日本校(http://www.cmuj.jp/)を設立。2008年3月には、米カーネギーメロン大のエンターテインメントテクノロジーセンターがシャープと共同研究を始めると発表した。
伝統あるロボティクス研究所の所長は2001年までの10年間、ロボット工学の世界的権威である金出武雄同大教授が務めた。ホンダの「ASIMO」やソニーの「AIBO」、手塚治虫の「鉄腕アトム」などは同大の「ロボット殿堂」入りを果たしている。
全米屈指の医学部を抱えるピッツバーグ大学
カーネギーメロン大学と隣接するピッツバーグ大学(http://www.pitt.edu/)は、全米屈指の医学部を有している。教育機関の建築で全米一の高さを誇る主校舎「学びの聖堂」は象徴的な建物だ。53年前、ウイルス学者のジョナス・ソーク博士が開発したポリオ(小児麻痺)ワクチンなどの研究で有名で、臓器移植技術では世界一と称されている。
アレクサンダー・スター准教授は、カーボンナノチューブを利用した医療向けセンサを開発している。呼気中のCOを検知でき、「ぜんそくなど気道炎症疾患を持つ患者の治療に生かしたい」とし、「商品化も間近である」ことを明かす。
日本の科学技術振興機構(JST)と共同研究も行うキム・ホンクー教授は、2005年に半導体チップのスペクトル分析を行うベンチャー企業のナノラムダを設立。2007年には米国のナノテク・ベンチャー賞に輝いた。同教授は「ナノ領域の物質にはまだ誰も知らない現象が隠れている」と力説するとともに、光学やバイオなどへの応用を目指す考えを示した。また、ピッツバーグ大では、バイオメディカルサイエンスなどの分野でも強みを持つ。
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2005年に半導体チップのスペクトル分析を行うベンチャー・ナノラムダを設立したキム・ホンクー教授。 |
生物医学で強いペンシルベニア大学
ペンシルベニア大学(http://www.upenn.edu/)は歴史ある名門大学で、全米の大学ランキングでは常に上位をキープする。世界初のビジネススクールで優れたリーダーを多数輩出してきたウォートン・スクールでは、いまも多くの日本人学生が学んでいる。
生物医学に強い同大は年間350件以上の発明、約100件の技術ライセンスを取得するという。1990年以降でみると、大学発ベンチャーとして約100社を創業し、1,500人もの雇用をフィラデルフィアに創出した。
同大技術移転センターのルイス・ベネマン元センター長は、「大学と企業の間に橋は架けられる。それも異なる使命や制度上の義務を補完し合い、利益を生み出すことができる」と力説する。
日本貿易振興機構(JETRO)は、同大を中心とするインキュベーター施設のサイエンスセンターに拠点を設置。日本のベンチャー企業に対し、米国進出に向けた支援を始めた。ただ、2007年にはサイエンスセンターが生んだ米バイオ企業モルフォテックを日本のエーザイが買収するなど、国際競争が激化している。
ビジネスとキャリア構築に最適とされるリーハイ大
リーハイ大学(http://www3.lehigh.edu/default.asp)を中心とする地域はベンチャー企業が多く立ち並ぶ。米ベンチャー投資の30%以上が集中するという西海岸のシリコンバレーに対し、「リーハイバレー」と呼ばれるゆえんとなっている。
米Forbes誌は3月、「ビジネス&キャリアを築くために最適な場所」の30位にリーハイバレーを選定した。周辺はかつて地元の鉄鋼会社が本社を置いた城下町だったが、最近では近郊にオリンパスが米国本社を移転するなど再興が進む。
ペンシルベニア州政府の資金援助で設立され、同大学のキャンパスに構えるベン・フランクリンテクノロジーセンターは、大学で生まれた技術を支援、起業を後押しする役割を担う。ロバート・キースセンター長は「科学と技術でイノベーションを起こし、ペンシルベニア州でぜひ起業を」と呼びかける。
米国流イノベーション創出戦略
現在、米国の大学が世界トップの座を保つ原動力の1つとなっているのが、中国人やインド人など新興国の勢力である。カーネギーメロン大学工学部長のプラディープ・コースラ教授は「日本人留学生も多いが、いまは中国人、インド人の勢いが素晴らしい」と話す。
自国の競争社会を勝ち抜いた中国人や、ハイレベルの教育水準にある理工系大学で学んだインドのエンジニアたち。起業精神が旺盛な彼らは、以前は米国で起業したため頭脳流出などと騒がれていたが、新興国の競争力が上がるにつれ、母国に帰り、会社を興す起業モデルが確立しつつある。
米国流イノベーション創出の戦略は、創造力の源泉となる大学を「世界に開かれた国際大学」へと育て上げたことにある。また、手厚いベンチャーキャピタル制度が新興企業の形成を後押しし、大企業とベンチャー企業の垣根を低くしている。それが多くの留学生や起業家にとって魅力に映るのであり、強い起業熱を維持し続けている理由になっているのであろう。
■インタビュー 青山学院大学 前田昇教授
青山学院大学 前田昇教授は、米IBM、米Sonyでの勤務経験があるほか、日本のソニー本社では、社内初のベンチャーであるICカード「Felica」の事業化責任者を務めたことで知られる。
海外を渡り歩いてきた経験から、「日本産業の再興」を後押ししようと学問の世界に飛び込んだ前田教授に、ベンチャー企業を取り巻く日本の課題を聞いた。
――日本でソニーやホンダなどに次ぐ、強いベンチャー企業が生まれないのはなぜでしょうか?
「大きな問題が2つある。『国際化』の要素と『起業家精神』に欠けていること。研究開発ひとつ取っても、日本はすべて東京の本社が世界の研究拠点をコントロールしている。経営者に目を向ければ、優秀な人は世界のあちこちにいるはずだが、すべて日本人で構成している。
起業家精神のないサラリーマン経営者はリスクを取ることができず、事業の選択と集中がなかなか進まない」
――では、どこを変えていけばよいでしょうか?
「世界を舞台にして、最も強いところを生かし、そこに権限を与えればよい。例えば、基礎研究はポーランド、デジタル技術はシリコンバレーという具合に。いろいろな国の人が集まれば、それだけ多様な知恵が生まれる。日本でコントロールしていては本当の世界競争に勝ち残れない。
その一方で、日産自動車やソニー、日本板硝子などで外国人社長が選ばれるなど、良い流れはできてきたと思う」
――日本の製造業の未来をどのように考えますか?
「日本のモノづくりが優れている点は、世界中に工場を置き、それをうまくマネジメントしていること。しかしながら、太陽電池に象徴されるように、日本が約40年をかけて研究開発してきた製品が、気が付けば海外のベンチャー企業に先を越されてしまっている。
国際化をうまく進めることができれば、日本の製造業はもっと良くなるはずと考えている」
(取材・執筆:日刊工業新聞社 科学技術部 藤木 信穂)